Jリーグについて
日本プロサッカーリーグ(にほんプロサッカーリーグ、英訳:Japan Professional Football League)は、国際サッカー連盟(FIFA)に加盟している財団法人日本サッカー協会(JFA)が主催、社団法人日本プロサッカーリーグが主催・運営する日本のプロサッカーリーグである。
略称はJリーグ(ジェイリーグ)。なお、別表記でJ. LEAGUEと表記される場合もある。理念と活動方針に「日本サッカーの水準向上及びサッカーの普及促進」と「豊かなスポーツ文化の振興及び国民の心身の健全な発達への寄与」、「国際社会における交流及び親善への貢献」を掲げている。
Jリーグが誕生する前の日本におけるサッカー競技は全国リーグである「日本サッカーリーグ」(JSL)がすでに存在していたが、当時は日本国内における競技自体の人気や選手の待遇がまだまだ低く、マスコミにもあまり大きく扱われる程の存在では無かった事から、当時の日本サッカー協会内ではその様な状況を打破しようと、川淵三郎らが中心となって国立霞ヶ丘陸上競技場で開催する1989年2月26日のJSLの後期リーグ開幕戦を無料招待試合にするなどといった様々な試みを積極的に行っていたが、現状を変えるまでには至らなかった。
また、水面下では木之本興三らを中心とした第1次JSL活性化委員会が極秘裏に「スペシャルリーグ(サッカーのプロ化)構想」を進めていたが、協会内部では『JSLの活性化』では意見が一致していたものの、まだまだ『リーグのプロ化』に対しては「プロ化は時期尚早」や「プロ野球の球団ですら赤字経営なのに、サッカーではまともに採算が取れる訳がない」などと、親会社から出向してきた当時の1部リーグに所属する実業団チームの役員達を中心にJSLの評議委員会では強固な反対の声も多く、なかなか木之本らの計画は進展しなかった。
ところが、1980年代後半に「国際サッカー連盟」(FIFA)の第7代会長であったジョアン・アヴェランジェから当時のアジアとしても初開催となる「FIFAワールドカップ」の日本開催を日本サッカー協会へ打診されると、当時の第2次JSL活性化委員会が中心となって急激にプロリーグ構想が推進され、まもなく日本では初めてとなるプロサッカーリーグの「日本プロサッカーリーグ」(Jリーグ)発足が正式に決定し、1992年には前哨戦として「Jリーグヤマザキナビスコカップ」が開催された。